さよならテリー・ザ・キッド

おとなをからかっちゃいけないよ

生きることに慣れてはいけない

子供の頃は時間が経つのが遅かったじゃないですか。小学校6年間も長かったし、夏休みも色んな思い出があるし、授業の合間の10分休憩ですらいくつもドラマがあった気がする。いま10分で何するかって言われたら、寝る。

でも大人になってからは、気づけば休みが終わっていたり、あっという間に数年経っていたりします。
これは何故か?というのを考えたことがあって、結論としては
「一度経験したことは短く感じる」
という結論に落ち着いたんです。
子供の頃は知らないことだらけで何でも新鮮だったから長く感じたのではないかと。別にイベントごとじゃなくて、日常の中で新しい景色やものを見るだけで、特に意識はしてなくても脳にとっては十分に刺激だったのではないかと。
例えば車で知らない町に行くと、行きは長く感じても帰りは短かかったりします。あるいは新しい職場の初日はなかなか1日が終わらなくても、慣れると段々短くなってくる。これらは全て「一度経験したことは短く感じる」ということでしょう。

そして、僕の最近の時間の進み具合の速さは、どんだけルーティンワークなのかと。生活に新鮮な刺激を与えつづければ「あ、もう夜か」「うわ、あれからもう2年も経ってんの?」なんてこともなくなるはず。そういえば、知り合いで常に充実してそうな人生を送ってる人いるけど、彼らはいつも新しいことに色々チャレンジしていたではないかと。

でも実際問題、「新しい刺激」と言ったって、子供の頃と違って日常生活で自分の知らない知識を得る機会は当然のように減ってきているし、急に環境が変わることもそうないし、まあ知らないジャンルの本を読んだり、なるべく色んな人に会うようにはしたいけどエネルギーを消費するなあ・・・とか思いながら過ごしてたんですが。

TBSラジオの『伊集院光・日曜日の秘密基地』の1コーナーに「日曜ゼミナール」というコーナーがありまして。「ニュースでは分からないことを掘り下げる」みたいなコーナーなんですけど、昨日放送分のテーマが「脳みそ最新事情」で、最近の脳医学で分かってきたことについて語っていました。で、その講義の中でこんな話がありました。

脳の海馬という部分が「新しく得た情報を大脳皮質(記憶を蓄積する部分)に保存しておきますか?」ということを判断するらしいんですけど、この海馬が働いた回数=大脳皮質に記憶が入った回数が多ければ多いほど、あとで振り返ったときに長く感じられる記憶になるんだそうです。

感覚でなんとなく分かってたことを化学で説明されるとものすごい説得力。やっぱり何にでも理屈はあるものですね。

とにかく衝撃だったので誰かに言いたくてここにメモしておきました。さて、休憩はこれぐらいにして、僕はお仕事の単純作業のに戻ります。またすぐ夜になるんだろうなあ、泣きたい。



追記
文庫にもなっている「海馬」という本には上のような脳の話がたくさん書いています。
「歳を取ると物忘れが激しくなるけど、引出しが多いんだから見つけるのに時間がかかるのは当たり前。子供は引出しが少ないから見つけやすいだけだし、アルツハイマーは引き出し自体が消える病気だから、物忘れが激しいのとは別問題」
だとか、
「脳はどれだけ長時間稼動しても疲れない、疲れるとしたら目なので、長時間の作業をするなら目を大事に」
だとか、
「大人になると頭が悪くなるイメージがあるけれど、結びつきを考える能力はむしろ30代からのほうが発達する。野球経験者がある程度ソフトボールもできるというのに近い感じで、ものごとに共通項を発見するのがうまくなるから、推理力が発達したり例え話が思いつきやすくなったりする」
だとか、あと上の話とも関連してきますが
「子供のように何でも新鮮な気持ちで挑めば、大人の脳は子供よりも能力を発揮できるようになっている。生きることに慣れてはいけない」
だとか、生きるのが楽しくなってくるヒントが、精神論ではない(←これ大事)視点からたくさん書かれていて、とても役に立ちます。おすすめ。

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)